幕末めぐりその2

とある日の日に、その足で開国資料館にいってきました。なにやら、幕末の写真展のようで、確かフランスの写真家が、当時の横浜を写真におさめていました。写真は今では考えられない、横浜の風景と人々を写していました。
当時横浜でおきた事件といえば、学生の頃、事件名は聞いたと思いますが、「生麦事件」今の生麦駅近辺でおきた事件ですが、そもそも事件の内容とは、薩摩藩主(今の鹿児島)が生麦を通りかかっていました。大名行列の時には、民は頭をあげてはいけない時代でしたが、それをしらないイギリス人が、何もしらずにあるいてきました。(ちなみに川崎大使に観光に行く途中だったそうです)そしてそれをみた薩摩藩士が、その異国人をきりつけ殺害してしまったのです。
開国したのが1854年。開国と共に徳川幕府は各国と日本にとってかなり不利な条約を締結させられています。そしてなにより、天皇の確認もとらず決めてしまいました。その徳川の弱腰に各藩で内乱がおこり幕末の動乱につながっていきます。治安はよくないみたいですね当時は。
話を戻しますが、生麦事件後イギリスより、犯行した人物の身柄の要求と多額の賠償金を請求されています。イギリスはフランス軍と共鳴し、今の港の見える丘公園の横にある、フランス山に駐屯しました。前にたまたま行ってみましたが、建物の廃墟と井戸が残っています。そしてビックリなのが、その後フランス山を日本が買い取ったらしいです。かなり日本は言いなりだったのですね。
資料館を見て点と点が線でつながりました。ちなみ過去に、「あーなるほどねー線と線が点でつながったよ」と発言したことがあります。ブヒブヒ。


 
[PR]

by nishidaiku | 2006-05-16 20:02 | 幕末とか歴史
line

わたくしのお気に♪


by nishidaiku
line
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31