日光東照宮

土曜日大工学校の行事に参加しました。朝7時出発の日帰り弾丸ツアーみたいなカンジでした。しかも昼飯はバスの中で弁当ですよ!ほっかべん!オイ!
日光東照宮を訪ずれるのは、久々!8年ぶり3回目といったところであります。小学生の修学旅行時は、興味なかったので、あまり記憶はありません。夜中廊下で正座させられた記憶はあります。
今回は日光ちょっと色々深入りしてみたいと思います。

ちなみに日光東照宮は1999年に世界遺産に認定されています。

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そもそも日光東照宮とは何?ってカンジですが、2代将軍秀忠が徳川家康を奉祀し造った神社であります。至るところに、徳川の家紋が入っています。

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雨がやみ、霧がたちこめて、いい感じになってきました。当時8兆円近くかけて、日本全国の腕利きの大工を400万に集め、わずか1年でつくったそうな・・・!驚きです!
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東照宮の中には、彫刻が多くあるのは有名ですが、特に有名なのはこの猿ですね。
【見ざる・言わざる・聞かざる】実はこの彫刻、意味があることを知りませんでした。この3匹の猿以外に、合計16匹の猿がいます。徳川家康が人生をまとめるとこんな流れであると!

①手をかざした母猿が小猿の将来を見ている。小猿は信頼して母猿の顔を覗いている
②子供の時は、悪いことを『見ざる・言わざる・聞かざる』が良い
③一人立ち直前の猿。
④大きな志を抱いて天を仰いでいる。
⑤人生の崖っぷちに立っているが、仲間を励ます猿。
⑥恋に悩み、もの思いにふける男女の猿。
⑦結婚した二人の猿で、『人生の荒波』が彫られ、力を合わせて、のりこえようとする猿。
⑧妊娠した猿。子供も大きくなりやがて親となる。

また①に戻る

この様な意味があるそうです。写真が無いので、行ったときにぜひ注意深く見ては。

ちなみに『眠り猫は』この弾丸ツアーには、含まれておらず・・・ここまできたのに!
眠り猫の意味は、『猫が眠っていられるくらい、平和である』という象徴みたい。他にも色々彫刻があるが、すべてに意味があるようです。短時間ではわかりませんでした。

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何度も書きますが、神秘的です。
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↑そもそも何故江戸幕府だった、家康が日光なのかというと、家康の遺言で、『死後1年たったら日光に埋葬するようにと・・・』つまり、関東平野が見渡せるのが、日光ということです。そしてこの鳥居の先が本殿です。そして写真の背後が、江戸を指しています。方角や風水も調べて建設されたようです。
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本殿であります。
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↑あっ!あんなところにも、徳川の家紋が!

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話は幕末になりますが、京都守護職として新撰組などを率いた、会津藩主 松平容保は、明治13年にこの日光東照宮の宮司となっています。
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最後に徳川家康のまめ知識!

忍者は 鳥波 透波 軒猿 伊賀 甲賀 風間 と日本各地に忍者部隊がおりました。特に徳川家康は、伊賀忍者を使ったそうです。家康の下で、伊賀忍者を率いていたのは、服部半蔵であります。手柄のおかげで、八千石の旗本の役を与えられ、江戸城西門外に屋敷を構えました。そしてその場所は、今も半蔵門前という名前でよばれているそうな! 
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by nishidaiku | 2006-09-18 23:35 | 幕末とか歴史
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