吉田 五郎左衛門

熊本から帰ってから、時間を見つけては調べているですが、母方の祖先を!私の生まれ故郷を!
昔はじいちゃんにご先祖の話を夜中の2時まで聞かされたんですが、そのときはちーーーーーーーーっとも興味がないので、てきとーに聞いてたんですが、今となっては聞くことも出来ん。正月帰った時に、親族に聞いてはみたものの、誰もわからないご様子・・・。時代とともに昔の話はなくなっている事は否めません。でもこれもなんかの縁であろう、ちょっと個人的に調べている途中経過です。


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まず、ご先祖が眠るお墓を調べ、一番古くて明和9年(1772年)吉田 五郎左衛門が初代とおもわれる。 そして現在吉田家を継いでいるのが、15代目。 一般的に一代あたり調べると、1代平均15年~長くて20年。計算すると15年*15代=225年。2006年ー1772年=225年。 これは確率的には高い。

それから名前で気になったのが、五郎左衛門。五郎だけに兄弟がいたように考えられます。
それから昔はお侍さんと農業の両立?みたいな話は伝わっているようなので、お侍さんだったら、熊本藩細川家を主君として仕えているのが、当時の常識ということです。
しかし、時代が時代なだけになかなか思ったように進まずじまい。

まあ駄目もとで、ネット検索【吉田 五郎左衛門】
そしたらひっかかりまして、インターネットってすごいと感動。

肥後細川藩侍帳。下記がその内容で、一番同一人物らしきところを拝借。

肥後細川藩侍帳 【 よ 】 の部

■ 吉田孫四郎  (南東20-1)
    1、茂左衛門
    2、孫四郎  (1)馬廻組五番 二百石 (於豊前小倉御侍帳) 
            (2)御馬廻衆 二百石 (肥後御入国宿割帳)
            (3)御詰衆 二百石 (真源院様御代御侍名附) 
            (4)二百石 (真源院様御代御侍免撫帳)
            (5)清田石見組 二百石 (寛文四年六月・御侍帳)
                寛永十三年八月頃~寛永十五年六月頃 芦北郡奉行
    3、茂左衛門  八代御城付 二百石 (御侍帳・元禄五年比カ)
    4、孫四郎・近貞(養子 実・真下七兵衛三男)
    5、孫四郎(五郎左衛門) 二百石 御小姓組二番歩頭 屋敷・高田原
    6、彦右衛門
    7、五郎左衛門  二百石
    8、和門(茂左衛門・毛左衛門)  御番方・松下清蔵組 二百石
    9、孫四郎
    10、比三彦(孫四郎)  御番方八番・牧多門助組 二百石

        何代か不明
           1、吉田専松・茂右衛門ニ成  奥田藤次郎組 二十人扶持 
(御侍帳・元禄五年比カ)
           1、吉田孫四郎  赤穂義士・大石瀬左衛門介錯
           1、吉田五郎左衛門 二百石 お小姓役 (御侍帳・享保八年写)
           1、吉田孫四郎    弐十挺頭 二百石 宝暦四戌八月三日当役
(御国中御侍以呂波寄)

とりあえず意味も同一人物なのか検討しないと駄目そうです。
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by nishidaiku | 2007-01-13 01:04 | 熊本県
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