温故知新

 熊本県の最北にある山鹿市鹿北町。人口5千人。
特産品は灯籠・うちわ・鹿北茶などなど
 昔は、参勤交代の道となる「豊前街道」が整備され、熊本藩・人吉藩・薩摩藩がこの道を往来したようです。
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 とにかく山に囲まれたところです。父方の本家があるので訪ねました。記憶がない頃きたので、何十年ぶりというか初かな。お墓に御参りして散歩してきたついでに写真とりました。この村には親戚ばかりで、まだ見ぬ親戚に会ってみたい。
 
 家は築?155年前?とリフォームした際、小屋の柱に嘉永6年(1853年)とかかれてました。削った石のお風呂とかありました。(さすがに使用していない)空気がおいしいせいか、米とかおいしいです。
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 弘化4年(1847年) 6月24日没 行年83歳 N田長右衛門 ??私の祖父の祖父の祖父?家は代々多久の庄屋を勤めて。庄屋としては原の用水路開拓に大功あったひと。? 

 鹿北町の頂上を流れる生活用水路『原井出』という集落があり、

 ●水路完成前の原集落には、少しの収穫と、水汲みの過酷の日々で、『原には嫁に行くな』とまで言われる。貧困な集落。
 ●文政6年(1823年)多久村 庄屋 長右衛門は飢えに苦しむ人々を救うには、水路を開削し開田意外にないと、私財を投入する。
 ●その作業は想像を絶し、連日の激しい労働に飽きた村人が、長右衛門に罵倒を浴びせる。しかしその罵倒にめげず、じっと我慢する。
 ●5年の歳月が流れ苦難の末、長さ1里(4キロ) 幅3尺(90センチ)の水路が完成し、村人は喜びに泣きぬれる。
 ●村人の喜びと引き換えに、長右衛門 無一文になる。

平成9年、細川家の古文書の解読で、わかったようです。
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by nishidaiku | 2008-03-22 00:14 | 熊本県
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