カテゴリ:熊本県( 27 )


熊本 馬越2

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さらにふらふら歩くと、国道沿いに看板が

薩摩街道は江戸時代 肥後の国と薩摩の国を結び、江戸へ参勤交代の為に使われた道で、熊本城下からここは56キロあたり。
昔の人はよく歩きなさった。

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by nishidaiku | 2010-03-29 20:59 | 熊本県

熊本 馬越

だいぶ前に行った時の生まれ故郷の写真。
だれもいない、なんもない場所をカメラ持って散歩

小さい頃この海で遊んでいて流血、後年、海スポーツをやらなくなったのはこのことが影響なのか

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by nishidaiku | 2010-03-27 22:50 | 熊本県

熊本城主

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わたくし今年一年熊本城のあるじです。
1万円寄付すると熊本城のあるじになれるわけです。1年間だけ入場無料になって、名前がかかげられるとか。(相撲部屋みたいに)
はたして一度でもお目にかかることがあるのでしょうか・・・
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by nishidaiku | 2009-09-28 20:27 | 熊本県

デッドぞーん

ここは熊本県の日奈久温泉街です。いわいる私の生まれ故郷です。
日奈久は熊本県で最も旧い歴史を持つ温泉街なので、参勤途中の島津候もここをよく利用されたと説明されている。
今じゃご覧の通り閉店ガラガラ状態です。今はこんなですが、私が小さい頃は温泉街には多くの観光客でにぎあうとこでした。
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やっぱり黒川温泉に観光客をもっていかれたのが一つと、うまく商店街が連結してないように思えたりもします。町並みも建物も中途半端に古くなっており、観光客でにぎわった時に、20年30年先を見据えた町の経営計画が必要だったように思えます。
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そんな中、市営の温泉センターが先月リニューアルオープン♪以前の鉄筋コンクリートの建物から、元々の木造風にイメージされたようです。はたして日奈久温泉街復活はあるのか希望の一つです。
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by nishidaiku | 2009-08-25 11:29 | 熊本県

八代市日奈久

5月の連休前、最後になる祖母に会いにいきました。
最近よく生まれ故郷に帰る機会が増えました。そんな村のフォトグラフ。
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by nishidaiku | 2009-06-29 23:11 | 熊本県

ごはんの友

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やっぱりご飯党の私ですが、米だけっていうのもあれなんで、そんなときはこれ大事です。ふりかけの【ごはんの友]九州地方でしか売られていません。日本ではじめてのふりかけがこれです。熊本県のフタバという会社で製造されています。

御飯の友が熊本で作られたのは大正初期。薬剤師の吉丸末吉氏によって考案されました。
当時、食糧不足の時代背景の中で、日本人にはカルシウムが不足しており、それを補う方法として、「魚の骨を粉にして御飯にかけて食べる」という発想にからきているようです。

中小企業にエールです♪
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by nishidaiku | 2009-05-14 23:00 | 熊本県

ルーツ

1702年12月 赤穂事件
主君に代わって吉良上野介を討ち果たし、その首を泉岳寺の主君の墓前に捧げたのち、幕命により切腹したという事件。いろいろ独学で調べていると、細川家家臣 吉田孫四郎という人物なんですが、どうも血がつながっているような気がしていて、そんな思いを持ちながら現地を訪ねてみました。

 都営三田線・白金高輪駅から徒歩数分のところに、熊本細川家の白金下屋敷ありました。今はマンションの一角に屋敷はありませんが、旧細川邸として門だけあります。(当時のではないと思うけど)
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 47名はその後4つの大名の江戸屋敷に分散されて身柄を移し、大石内蔵助以下17名が、熊本藩細川邸に身を預けていました。この時の殿様(細川 綱利)は手厚く彼らをもてなしたそうです。他の藩よりはるかに待遇がいい事もあり、そんなエピソードが多々残っています。
 
 殿様は義士たちを一目みたいと到着を待ちわびて寝ずに待っていて、17名の到着後、すぐに綱利自らが出てきて大石内蔵助と対面。さらに殿様はすぐに義士達に料理、お菓子、お茶などを出すように命じる。後日にはお酒やたばこも振舞い、さらに預かり人の部屋とは思えぬ庭に面した部屋を義士達に与えた。毎日の料理もすべてが御馳走であったとか。
 殿様は義士達にすっかり感銘しており、幕府に助命を嘆願し、もしも助命があれば預かっている者全員をそのまま細川家で召抱えたい希望まで出したり・・・
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 そんな思いもむなしく、幕府は赤穂浪士たちを切腹させることになりました。切腹に当たっても殿様は「軽き者の介錯では義士達に対して無礼である」と大石内蔵助は重臣の安場一平に介錯をさせ、それ以外の者たちも小姓組から介錯人を選んだそうです。
 話は戻りますが、この小姓組に吉田孫四郎が出てきます。多分普段は殿様警護などしてたんですかね・・・ちなみに大石瀬左衛門の介錯を務める。

 幕府より義士達の血で染まった庭を清めるための使者が訪れた際も「彼らは細川家の守り神である」として断り、家臣達にも庭を終世そのままで残すように命じたともいわれているそうです。

 意外にも熊本藩と赤穂浪士は深い関係があり、接待役をつとめた堀内伝右衛門は熊本県山鹿市に遺髪を持ち帰り、今では赤穂市と姉妹都市となっているようで・・・

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近くに赤穂浪士が眠る、泉岳寺にお線香をあげてきました。
今思えば旧藩邸に着いた直後、突然降った雨、不思議な雨に思えます。
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by nishidaiku | 2008-07-03 22:26 | 熊本県

温故知新

 熊本県の最北にある山鹿市鹿北町。人口5千人。
特産品は灯籠・うちわ・鹿北茶などなど
 昔は、参勤交代の道となる「豊前街道」が整備され、熊本藩・人吉藩・薩摩藩がこの道を往来したようです。
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 とにかく山に囲まれたところです。父方の本家があるので訪ねました。記憶がない頃きたので、何十年ぶりというか初かな。お墓に御参りして散歩してきたついでに写真とりました。この村には親戚ばかりで、まだ見ぬ親戚に会ってみたい。
 
 家は築?155年前?とリフォームした際、小屋の柱に嘉永6年(1853年)とかかれてました。削った石のお風呂とかありました。(さすがに使用していない)空気がおいしいせいか、米とかおいしいです。
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 弘化4年(1847年) 6月24日没 行年83歳 N田長右衛門 ??私の祖父の祖父の祖父?家は代々多久の庄屋を勤めて。庄屋としては原の用水路開拓に大功あったひと。? 

 鹿北町の頂上を流れる生活用水路『原井出』という集落があり、

 ●水路完成前の原集落には、少しの収穫と、水汲みの過酷の日々で、『原には嫁に行くな』とまで言われる。貧困な集落。
 ●文政6年(1823年)多久村 庄屋 長右衛門は飢えに苦しむ人々を救うには、水路を開削し開田意外にないと、私財を投入する。
 ●その作業は想像を絶し、連日の激しい労働に飽きた村人が、長右衛門に罵倒を浴びせる。しかしその罵倒にめげず、じっと我慢する。
 ●5年の歳月が流れ苦難の末、長さ1里(4キロ) 幅3尺(90センチ)の水路が完成し、村人は喜びに泣きぬれる。
 ●村人の喜びと引き換えに、長右衛門 無一文になる。

平成9年、細川家の古文書の解読で、わかったようです。
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by nishidaiku | 2008-03-22 00:14 | 熊本県

田中橋(たんなかはし)

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昔、昔年貢を納めるのに大事な土橋でしたが、洪水でたびたび橋は流され、村人は困ったそうです。そこで安政5年(1858年)、細川藩の許しを得て、お金を出し合い、農民の奉仕活動でできあがった、鹿北町で一番古いめがね橋。

熊本県山鹿市鹿北町にて
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by nishidaiku | 2008-03-17 23:15 | 熊本県

法事

 1周忌。祖父のことを思い出そう・・・そして残された人たちが顔を合わせ今を語ろう!
というコンセプト。

孫代表みたいな感じで下座に座り、正直誰が誰だかわからない私でしたが、無難にお酌しておきました。お膳もよかったのですが、既に前夜の暴飲暴食で、お膳には触れることは出来ませんでした。

祖父の話はあまりしなかったような・・・感じではありましたが、なかなか会えない親戚同士で、楽しいひと時をつくってくれた、祖父に感謝。

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その夜、祖父の話になりました。あまり無駄口をたたかず、お酒を好んでいた祖父。言うこと黙って聞く、自分にはやさしい祖父でしたが、身近にいたいとこにとってはかなり恐い祖父でもありました。そんな☆一徹ばりの祖父ですが、私が生後間もない頃、座布団に私を置き、酒を飲んだそうです。成人したときには、先祖の永延深夜まで聞かされました。

ある時、祖父に怒られたいとこは、『くそじじいー』といいはなった瞬間、殺気を感じとったいとこは、はだしで暗闇の田んぼに逃走。

そしてある時は怒られたいとこは、旧馬小屋に閉じ込められ、暗闇の恐怖で扉を破壊し脱出、そしてそのまま田んぼに逃走。 との事でした。
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by nishidaiku | 2008-03-12 22:36 | 熊本県
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わたくしのお気に♪


by nishidaiku
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